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小室ブーム衰退の原因を考える

 

小室ブーム衰退の原因は宇多田ヒカルの登場だ、という声をよく聞きます。

しかし、宇多田ヒカルの登場以外にも原因があったのでは?

今回は1990年代半ばに起きた小室ブームを衰退させた原因について考えてみました。

【目次】

  

小室哲哉の時代

所謂、小室ブーム。

1990年代の半ば頃に巻き起こりました。

本当に凄かった!!!

ランキング上位を小室音楽(小室ファミリー)が独占。

周りは安室奈美恵のファッションに影響を受けたお姉さん達でいっぱい。

流行歌に疎かった当時の私にも明らかに流行っているな、という事が分かりました。

この頃の私はTVゲームに夢中で聴く音楽はゲーム音楽ばかり。

歌ものには興味がありませんでしたが、小室ブームの影響なのか小室ファミリーであるtrf、globe、hitomi、華原朋美、篠原涼子を買って聴いていました。 

 

 

小室ブームを衰退させた原因

1997年頃~2000年にかけて、あらゆる音楽ジャンルから様々なアーティスト達が登場。

非小室音楽による猛攻が始まりました!!!

この様々な『猛攻』こそが小室ブーム衰退の大きな原因の一つ。

つまり、小室ブーム衰退の原因は宇多田ヒカルの登場だけではなかったという事が考えられます。

 

J-popからの猛攻

【代表例】

・宇多田ヒカル

・浜崎あゆみ

・MISIA

・aiko

・小柳ゆき

・倉木麻衣

 

宇多田ヒカルの登場は非常に大きな反響がありました。

小室哲哉氏は宇多田ヒカルの音楽的感性に強く衝撃を受けたそうです。

宇多田ヒカルは1999年3月10日、1stアルバム『First Love』を発売。

『First Love』の累積売上枚数は日本国内のアルバムセールス歴代1位を記録した。

音楽番組や芸能情報は宇多田ヒカルの事を大きく紹介していたのを覚えています。

また、MISIAや小柳ゆきの歌唱力にも反響がありました。

バイト先の有線ラジオで小柳ゆきの曲が流れた時、みんな口を揃えて上手いと言っていました。

そして、当時の音楽とファッションに強い影響を与えた浜崎あゆみの登場!!!

浜崎あゆみはランキングトップの常連になるだけでなく、ファッションリーダーになり、浜崎あゆみのファッションやメイクを真似する女性達が増えました。

結果、『女子高生のカリスマ』と呼ばれるようになった。

世の中が変化したなぁ、という印象を受けました。

 

J-rockからの猛攻

【代表例】

・L'Arc〜en〜Ciel

・GLAY

・JUDY AND MARY 

・Dragon Ash

・THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

・BLANKEY JET CITY

 

1997年頃~2000年にかけてはビジュアル系を含め様々なJ-rockが世に溢れていました。

浜崎あゆみ同様、これらJ-rockアーティスト達がランキングの常連になりました。

特にGLAYとL'Arc〜en〜Cielの勢いが凄かった。

音楽番組も音楽情報誌もGLAYやL'Arc〜en〜Cielに関する紹介が多かったです。

キュートでパンキッシュなJUDY AND MARYにも大きな反響がありました。

音楽教室では女性ヴォーカルクラスにおいてJUDY AND MARYを歌いたいという希望者が多かったようです。

そして、ライブ活動を中心としメジャーレーベルでありながらテレビやヒットチャートにあまり登場しなかったアーティスト達の存在が明るみになりました。

口コミや大型フェスティバル(フジロック)等により大きく広まったと考えられます。

Dragon Ashが何度か音楽番組に紹介された事もありました。

アンダーグラウンド的なジャンルであるミクスチャーが地上波のゴールデンタイムのお茶の間に登場した事はある意味では事件だと思いました。

 

アイドルからの猛攻

【代表例】

・モーニング娘。

・モーニング娘。関連のユニット(タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。)

 

流行った。

とにかく流行った!!!

みんなLOVEマシーンを歌っていました。

自然体で明るいサウンドが楽しかったです。

新しいメンバーが入る度に名前を覚えようと努力していました。

モーニング娘。関連のユニットも商業的に成功して存在感も強かったです。

当時、つんく♂のサウンドに賛否両論ありましたが、あの気取らない音が良かったように思えてきます。

そして、小室哲哉氏はつんく♂の音楽的感性にも衝撃を受けたそうです。

 

インディーズからの猛攻

【代表例】

・Hi-STANDARD

・BRAHMAN

・BACK DROP BOMB

 

インディーズバンドを中心としたロックフェスティバル『AIR JAM 97』が開催された。

この頃から『インディーズ』という言葉が本格的に聞かれるようになり、ハイスタなどのインディーズバンドが世に広く知れ渡りました。

そして、メロコアやスカパンクという音楽ジャンルの知名度が上がり音楽の多様化や選択肢が一段と広がりました。

1999年にリリースされたハイスタのアルバム『MAKING THE ROAD』については、音楽性においても商業的(日本国外を含め100万枚以上の売上を記録)においても成功を収め、日本の音楽界に強い影響を与えたと思います。 

ちなみにこの頃はハイスタを含め多くのインディーズバンドの作品(CD等)はCDショップの端っこにありました。

現在のように売り場に大きな面積を設けたり目立つ場所に陳列をしていたという感じではありませんでした。

 

 

まとめ

1990年代半ばに起きた小室ブームを衰退させた原因は宇多田ヒカルの登場と、あらゆる音楽ジャンルからの猛攻。

つまり、宇多田ヒカルの登場および音楽の多様化が考えられます。

邦楽だけを記載しましたが、洋楽の勢いも凄かったです。

一度に多くの音楽が登場して私自身何を聴けば良いのか混乱した事もありました。

小室哲哉氏の才能が枯れた事が原因という声も聞いた事がありますが、絶対とは言い切れず、急速な音楽の流れに本人が追い付かず押し潰されたという考え方も出来ます。

今思うと、これだけの猛攻に対して一人で応戦していたのは大変だっと思います。

しかもこの猛攻の中にいる猛者の殆どが今では大物だったり伝説になったりしています。

 

そして、1997年頃~2000年にかけては日本音楽界の激動期だったように思えました。

 

以上、小室ブーム衰退の原因について記載させていただきました。

 

ではまた♪ 

 

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